古銭の誕生と歴史を、年代順に簡単に解説します

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日本における古銭の歴史を簡単に紹介

日本の古銭として扱われている古銭のルーツを遡ると、貨幣ではなく、物々交換から始まります。

主に貝は、よく物々交換に用いられており、貨幣の始まりといえるかもしれません。

時代が流れ、遣唐使が登場するようになると、次第に中国の文化が日本にも広まり始め、それに合わせて中国の貨幣を真似た貨幣を造るようになりました。


遣唐使が中国から伝えた貨幣をモデルに作った貨幣が「和同開珎」です。

「和同開珎」以降、250年の間に日本に登場する12種類の貨幣を「皇朝十二銭」と呼ぶのですが、現在では非常に価値の高い古銭として知られています。

しかし、貨幣の銅の不足などにより、10世紀末には貨幣の製造が中止されてしまいますが、室町時代にはまた多くの貨幣の発行を再開しました。

この時代の古銭として有名なのが、「乾元大宝」と「永楽通宝」です。特に「乾元大宝」の古銭としての価値は劣化していても高いことでも有名です。

戦国時代に入ると、各地の戦国大名が自分の領内の鉱山から金貨や大判、小判を鋳造し、それを軍資金に充てたり、家来たちへの褒美として与えるようになりました。豊臣秀吉が造った「天正大判」は世界最大の金貨として有名な古銭です。


江戸時代に入ると、貨幣制度は統一され、三代将軍家光の時代には「寛永通宝」が造られました。「寛永通宝」の100分の1の価値として「天保通宝」なども造られ、貨幣制度が出来上がっていきました。

ですが、藩の中でのみ通用する「藩札」といわれる紙幣も同時に流通し、江戸幕府が発行する通貨と各藩の中でのみ使用される「藩札」と呼ばれる2種類の通貨が存在するという独特な文化が出来上がっていきました。


明治時代に入ると、これまでのさまざまな貨幣の流通によって混乱が生じたため、通貨である「円」が初めて造られました。そして、流通していた紙幣を回収し、「明治通宝」を発行したのです。回収を行った紙幣は、回収しきれず、現在では古銭として貴重なものになっています。

戦争が始まると、軍資調達のために通貨の需要が高まり、「補助貨幣」と呼ばれる新しい貨幣が発行されたりしました。さらに、地上戦場では、「軍用手票」という戦争でのみ使われるお金が造られたりしていました。「軍用手票」は、中には古銭として貴重な価値のあるものも存在します。

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