古銭買取における注意点とは?

父が残した古銭を少しでも高く買い取ってもらいたいとお悩みのあなた!

次の2つの注意点に気を配れば、予想以上の値段で買い取ってもらえる可能性が、グンと高まりますよ。

1.古銭は「クリーニング」に要注意

一般的に、コレクター商品というものはクリーニングされて状態の良い物ほど値段が高いと思われがちです・・・。

しかし、古銭買取に関してはそういうわけにもいかないんですね。

知識や技術がない人が古銭をクリーニングして見た目が良くなっても、価値が大幅に落ちてしまうことがほとんどなんです。

古銭の価値を少しでも上げたいという場合は、プレミア価格がついている高値のものは専門のクリーニング業者に出す、価値がわからないものはまずそのまま買取ショップに持っていく、というように、取り扱いを分けて考えると良いでしょう。

2.古銭を売るときは、相見積もりを利用しよう!

古銭買取において重要であるのが、この相見積もりという制度です。

古銭は価値そのものが曖昧であり、鑑定人によって大きく判断が異なります。というのも汚れた古い状態のものを好むコレクターがいたり、状態の良い物を好むコレクターがいたりと様々であるからです。

だからこそ、相見積もりを利用して、複数の店舗に同じ条件で鑑定してもらうことで、最も価値を高く付けてくれるショップを知ることができるのです。

もちろん無料であるので、そのまま売らずとも相場を知ることだけにも使えるので、気軽に利用してみてOKです。

価値を知ることで売りどきを確かめることもできるので、是非一度試してみましょう。

古銭収集をする人はどんなタイプが多い?

タイプの例を2つに分けて紹介していきます。読むことで古銭を集めるきっかけになれば嬉しいです。

10円のギザギザに興味を抱き集め始めた例

とある人は、子供時代に駄菓子屋で変わった10円を入手したそうです。

昭和33年の10円で周囲にはギザギザがついており、珍しいと感じたため同級生や家族に自慢をしました。

見せびらかした結果、珍しい物を持っている、すごいなどと褒められて嬉しかったようです。

良い気分に浸れたのか、その人はもっと集めて驚かせようと思ったらしく古銭集めを開始しました。

集め方はシンプルで、買い物にてお札だけを使うというやり方でした。その結果、昭和20年代半ばから30年代にかけての10円を、沢山集めることができたみたいです。

そして10円集めはやがて、古銭集めへ興味を抱くきっかけとなっていきました。

更に時間が過ぎた頃には、額縁に自身で集めた珍しい古銭を飾り始めたため、周囲からコレクターとして見られるようになりました。

勿体ないと思う内にコレクター化していた例

一昔前は現在のように預金箱といった物はなく、何かを使って小銭を入れるケースが沢山なりました。

お酒を入れる瓶や使われなくなった小さい木の箱など、色々な物が代用されています。

ある人はお菓子が入っていた箱を小銭入れとして使い始めました。

親からのお小遣いを使わずに取っておくタイプだったらしく、もらったら即座に箱へ投入していたそうです。

使うのは勿体ないという意識が理由ですが、毎回小銭で受け取っていたため、持つのは重いと感じたのも要因でした。

時間が経過し高校に入った頃、その人は何気なく箱を持ち上げようとしたのですが、重くて持てませんでした。

仕方なくその場で開けてみると、中には沢山の小銭が入っていたので、少しずつ外に出していくらあるのか数えてみました。

数えている最中に一風変わったお金が何枚か出てきました。

その人は気になり父親に見せてみた所、昔使われていた小銭だから取っておくと価値が出るよと言われたようです。

この父親の発言により、昔の小銭は価値があると認識したため、古いお金を別の容器に移し替えるようになりました。

他の普通の小銭は、親がお札へと両替してくれたらしいです。かなりの枚数になり嬉しかったと後に語っていました。

高校を卒業し社会人になった後も、小銭を集める習慣はそのままでした。

時間が経つに連れて昔の古銭も増えたため、やがてコレクター扱いされるようになりました。

古銭を高く買い取ってもらう方法

保有している古銭を売りたいけど、どうすれば良いのかわからないというのが実態です。

そんな場合は、ネット上に色々な買取業者のサイトがあるので、見積りを提供してもらうのが最適な手段です。

古銭買取業者における査定

車をはじめ、家電製品や衣料品など、中古品を売る場合、業者によって査定金額の異なることは珍しくありません。

つまり、販売力や販売ルートの大きい買取業者に依頼すると高く買い取ってもらうことが可能ですが、反対に力の弱い買取業者に依頼すると、安い買取価格でしか買い取ってもらえません。

それは古銭においても同じことです。

従って、所有している古銭を高く買い取って欲しい場合は古銭の販売力の強い業者を見つけるのが先決です。

ところで、古銭は車や家電製品と違って経年劣化がそれほど無いため、査定額に違いが出なさそうに思えますが、作られた年代で価値が変わりますし、古銭に刻まれた文字で査定額が大きく変わる場合もあります。

また、古銭の中にはまがいものもあります。

従って、古銭の鑑定には豊富な知識と経験が必要不可欠となっています。

古銭買取での、相見積りの貰い方

1円でも高く売りたい場合は、複数の買取業者から相見積りを取るのが有効ですが、一番簡潔な方法は古銭の画像をつけてメールで査定を依頼する方法です。

なお、画像は表面だけではなく裏面も送ります。

そして、返信の来た中から一番高い業者に売却します。

また、業者の中には無料で出張査定をしてくれるところもあります。

ただし、その場合は押し買いに気を付けることが必要です。

古銭の誕生と歴史を、年代順に簡単に解説します

日本における古銭の歴史を簡単に紹介

日本の古銭として扱われている古銭のルーツを遡ると、貨幣ではなく、物々交換から始まります。

主に貝は、よく物々交換に用いられており、貨幣の始まりといえるかもしれません。

時代が流れ、遣唐使が登場するようになると、次第に中国の文化が日本にも広まり始め、それに合わせて中国の貨幣を真似た貨幣を造るようになりました。


遣唐使が中国から伝えた貨幣をモデルに作った貨幣が「和同開珎」です。

「和同開珎」以降、250年の間に日本に登場する12種類の貨幣を「皇朝十二銭」と呼ぶのですが、現在では非常に価値の高い古銭として知られています。

しかし、貨幣の銅の不足などにより、10世紀末には貨幣の製造が中止されてしまいますが、室町時代にはまた多くの貨幣の発行を再開しました。

この時代の古銭として有名なのが、「乾元大宝」と「永楽通宝」です。特に「乾元大宝」の古銭としての価値は劣化していても高いことでも有名です。

戦国時代に入ると、各地の戦国大名が自分の領内の鉱山から金貨や大判、小判を鋳造し、それを軍資金に充てたり、家来たちへの褒美として与えるようになりました。豊臣秀吉が造った「天正大判」は世界最大の金貨として有名な古銭です。


江戸時代に入ると、貨幣制度は統一され、三代将軍家光の時代には「寛永通宝」が造られました。「寛永通宝」の100分の1の価値として「天保通宝」なども造られ、貨幣制度が出来上がっていきました。

ですが、藩の中でのみ通用する「藩札」といわれる紙幣も同時に流通し、江戸幕府が発行する通貨と各藩の中でのみ使用される「藩札」と呼ばれる2種類の通貨が存在するという独特な文化が出来上がっていきました。


明治時代に入ると、これまでのさまざまな貨幣の流通によって混乱が生じたため、通貨である「円」が初めて造られました。そして、流通していた紙幣を回収し、「明治通宝」を発行したのです。回収を行った紙幣は、回収しきれず、現在では古銭として貴重なものになっています。

戦争が始まると、軍資調達のために通貨の需要が高まり、「補助貨幣」と呼ばれる新しい貨幣が発行されたりしました。さらに、地上戦場では、「軍用手票」という戦争でのみ使われるお金が造られたりしていました。「軍用手票」は、中には古銭として貴重な価値のあるものも存在します。

古銭の買取業者とは何者だ?利用した友人の話によると

古銭の買取業者とはいったい何者だ

さて、前回の記事では大変話が逸れてしまい、誰に謝るでもないが、申し訳なさがある。

よく広告で目に留まる「古銭買取業者」について執筆していこうと思う。

実は古銭買取業者は、私の古銭好きの数少ない友人が利用したことがある。

この友人も私と同じく、インターネットが発達してから古銭にのめり込んだクチであり、その点でも個人的な親近感がある。

まず古銭買取業者とは、古銭を買取してくれる業者で、買取金額もなかなか良いらしい。

ただ、古銭の鑑定ではないとの事だ。例えば、鑑定会社のPCGSやNGCとは違い、専門的な鑑定を受けることは出来ない。

あくまでも、古銭の買取価値を判断してもらうための業者らしい。

古銭は鑑定済みの物だと価値が上がったり、販売価格も高額だったりするが、その点では望めないようだ。

古銭やコインの鑑定であれば、素直にPCGSやNGCへ鑑定料を払い、鑑定してもらうのがベストな方法であると思う。

PCGSの鑑定の方が評価は厳しいので、あくまでグレードを上げたいのであればNGCを利用するのがおすすめだ。

ただ、購入側もそれを分かっているので、PCGS鑑定済みコインの方が価値が高くなっている傾向にある。

面白い話である。

 

古銭の買取に準ずる価値を知ることが出来る

鑑定機関ではないのが残念であるが、ただ、古銭の買取価値というのは、非常に心惹かれる言葉である。

古銭仲間内ではあまり口に出さないが、そもそも「持っている古銭はいくらで売れるのか」は、誰しもが気にしているところだ。

古銭の大体の価値は分かるのだが、買取という観点で見ると、さっぱりだ。

 

買取ということは、とどのつまり、中古品前提の売買、さらに再販までが見通されるのが買取価格というわけだ。

つまり、価値が高いと思って保有していた古銭も、買取の面ではかなり安くなってしまった・・・といった可能性もあるのではないか。

 

現に、古銭の価値は需要でも大幅に変わってくる。アンティークコインなどが面白い例だ。

アンティークコインの価値は、需要と希少性で成り立っている。アンティークコインや古銭を投資のために収集している専門家もいるくらいだ。

そのため「購入したときは価値が高かったから」と鷹を括っていてはいけない。

古銭買取業者は鑑定機関ではないが、古銭の買取価値を知ることが出来る。

利用の仕方によっては、かなり利便性が高い業者ではないのか。

この友人には色々教えてもらったので、また別の機会で記事にしようかとも考えている。

 

古銭を買取ってくれる業者っていったい何だ?

よく広告で見る「古銭買取業者」の存在

さて、古銭についてネットで調べていると、よく広告が出てくる。

「古銭高価買取!」などと書かれた広告で、有名芸能人が起用されている広告もあるし、誰もが知る有名古銭がデザインされている広告もある。

私の好みなぞどこで拾ってくるのかとも思うが、上手くできた仕組みだとは思う。

さて、古銭の買取といえば、かつては古銭商であった。一部の骨董品店でも取り扱いがあったか。

ただ、古銭商は敷居が高く、とにかく入りづらいのである。バブルの頃に再度記念硬貨ブームが訪れたが、そのときに2~3回訪れたのみである。

何を隠そう、私の古銭趣味が飛躍していったのは、インターネットの登場がきっかけだ。

WEBサイトでの古銭通販を幾度も利用し、実際に数回、販売側と揉めたこともある(笑)

現物が確認できないのがインターネットの大きな弱点だとは思うが、それを遥かに上回る利便性だ。

実際、私が住んでいるのは結構な田舎で、アクセスも悪い。古銭商などは当然ない。

だが不便を感じずに細々とでも古銭を収集出来ているのは、インターネットが発達してくれたおかげである。

大阪万博やつくば万博、沖縄海洋博などで近未来が近づいてくるのをひしひしと感じてはいたが、まさかこれほどに違和感なく、私の日常に溶け込むとは思わなかった。

新しいスマホには苦戦するが、パソコンのキー打ちには今はもうあまり苦労していない。

キー打ちといえば、予測変換の賢さにも驚かされる。

私が古銭について何度も調べるので、これも私のパソコンが好みを知り尽くしているのかも知れないが、例えば「わどうかいちん」と打ち込んでも、即座に「和同開珎」と候補に出してくれるのだ。

複雑な名前の多い古銭にとって、これは非常にありがたいツールである。

ブログなどで交流する古銭仲間も欲しいところだが、これまで色々人付き合いには難儀してきた。

インターネットと古銭と共に、ゆっくりと余生を楽しみたい所存だ。

ここまでつらつらと執筆し、さて何の話だったかと思い返す。そう、古銭の買取業者の話であった。

「古銭を買取している業者って、いったい何者だ?」というところである。

ここまで記事が長くなってしまったので、この表題については、また次の記事に分けようかとも思う。

題名に若干の偽りを感じ、申し訳なさがあるが、個人の古銭ブログで誰が見るわけでもない。

好きにやらせていただこうかと思っている。

聖徳太子・旧一万円札の買取価格は?(そもそも古銭なのだろうか)

聖徳太子・旧一万円札の買取価格は?

さて、聖徳太子の1万円札の買取価値だが、冒頭から結論を申し上げる。

聖徳太子の旧1万円札に、額面以上の価値はない。

そう、ないのだ。よって、買取価値も1万円ポッキリになる。

さらに、聖徳太子の旧1万円札、今でも現行紙幣だと定められているので、普通に街中で使用することが出来る。

若いコンビニ店員なんかだと偽札疑惑が持ち上がりそうで、何となく遠慮したいが・・・。

 

1万円札の他にも、聖徳太子の紙幣は存在する

聖徳太子の1万円札が発行されていたのは、実は1983年の1月辺りまで。

比較的最近なので、そういえばそうだったと思われた方も、そんなまさかと思われた方もいるのではなかろうか。

私も「そういえばそうだった」と思った一人で、実際記憶を掘り起こしてみれば、なんだか家庭に普通にあったような気がする。

(その頃の一万円札はまだまだ価値が高く、貧乏が長かった僕にとっては、給料日くらいしかお目にかかれるものではなかったが。)

案外近年の紙幣で、プレミア価値も薄く、がっかりされただろうか。

だが、聖徳太子の紙幣といっても、なんと7種類もある。

種類としては

  • 乙号百円券
  • い号百円券
  • ろ号百円券
  • A号百円券
  • B号千円券
  • C号五千円券
  • C号一万円券

の7種になる。(歳なので、本当に7種入力できたか、3度も確認してしまった。)

額面は1万円でないものもあるが、その時々に発行された紙幣のうち、最も高額なものに聖徳太子が採用されていた。

聖徳太子=富の象徴だったのだ。(言い過ぎであろうか)

ちなみに初代・聖徳太子紙幣の「乙号百円券」となると、1,000円~5,000円の買取価格がつくようになる。

聖徳太子の紙幣があれば、”とりあえず”な気持ちで、古銭買取業者に連絡してみても良いかも知れない。

 

 

聖徳太子紙幣の中で高く買取りされる種類は?

上記7種の聖徳太子の紙幣の中で、一番高額で買取されるのは、実は「ろ号百円券」だ。

最も、後期の聖徳太子紙幣になると現行紙幣になってくるので、額面として高額となると、後期の1万円札に軍配が挙がるだろう。

あくまでも「額面と現行価値での差」からの観点である。

ろ号百円券は、額面が100円にもかかわらず、状態が良い綺麗な品であれば、なんと1万円前後の買取価格がつく可能性がある。

つまり、100円が1万円に化けるのである。

ただ、美品に限るのが辛いところではある。

 

 

1964年東京オリンピック記念硬貨とは?1000円と100円の銀貨

日本中が沸いた、東京オリンピック。1964年、昭和39年に開催された。

全国民がオリンピックに注目、参加を申込む国が現れる度に大きく湧き、国民一団となって応援。

そんな1964年オリンピックの「記念硬貨」について取り上げることにする。

1964年東京オリンピック1000円銀貨

1964年東京オリンピックの記念硬貨は、何を隠そう、日本で初めて発行された記念硬貨である。

この1000円銀貨は、当時の日本の硬貨にはない額面だったので、「オリンピック東京大会記念のための千円の臨時補助貨幣の発行に関する法律」を定め、発行された。

発行は造幣局であるが、当時の造幣局は忙しかったために、円形作成までの作業は民間に委託された。

 

1964年東京オリンピック1000円銀貨の発行数は1500万1516枚とかなり多いが、これは各家庭に1枚は行き渡るようにという目算で発行された。

図柄は富士と桜があしらわれ、日本をイメージして作られたことが伺える。

 

1964年東京オリンピック1000円銀貨は金融機関での両替で入手することが出来たが、引き換え日当日にはかなりの人が押し寄せ、長蛇の列が出来ていたそうだ。

あっという間にオリンピック1000円銀貨は品切れになってしまうが、その後すぐに高額で転売されることとなる。

当時はそれほどまでに記念硬貨への興味・関心が強く、このオリンピック記念硬貨をきっかけに日本に記念硬貨収集ブームが起きることになる。

 

東京オリンピック100円記念硬貨とは

東京オリンピック記念硬貨は、1000円銀貨と100円銀貨の2種類が発行された。

東京オリンピック100円銀貨の発行数は、こちらも8000万8056枚とかなり多い。これは国民ひとりひとりに行き渡るようにと設定された数値である。

あまりにも発行枚数が多かったため、普通の100円玉と一緒にしばらく市場に流通することとなる。

 

オリンピック100円銀貨の図柄は公募で定められたもので、聖火と五輪と取り入れたオリンピックらしいデザインにまとまっている。

 

日本で一番古い古銭は、和同開珎か

古銭は奥が深い。

ブログの一記事目で紹介するのは、誰もが知るこの古銭にしようか。

 

日本古銭の代表格・和同開珎

君は、和同開珎を知っているだろうか。

そう、何を隠そう、日本で恐らく最も有名であろう古銭である。

歴史に教科書にも和同開珎は掲載されている。

何故なら、日本で最古の古銭であるからだ。かつてはそう言われていた。

 

和同開珎が発行されたのは708年8月29日。

表面には「和同開珎」の銭文があり、時計回りに読むことが出来る。

 

だが、歴史はひっくり返る。

日本最古の古銭とされていた和同開珎よりも前に、作られた古銭が出土したのだ。

滋賀県の崇福寺跡にて出土した、11枚の古銭。

これこそが本当の日本最古の古銭「無文銀銭」である。

 

和同開珎より40年以上も前に作られていたとされる。どうにも完敗である。

 

だが、「無文銀銭」の名の通り、この古銭には銭文がない。

申し訳程度に、真ん中に小さな穴が開いているだけだ。

銀板をたたいて成形しただけの古銭なので、無理もない。

 

私は「日本最古の古銭は和同開珎」世代なので、このニュースを知ったとき、心底驚いた。

だが古銭に限らず、日本の歴史や年号は、結構修正されているらしい。

ニュースに疎いと、こうしたことを知ったときの驚きもひとしおだ。

 

だが私が驚いている間、周りは「そんなことも知らないの」という目を向けてくるのである。